厳しい毎日でもあります。そんな時はよく海を見に行きます。漁港であり、工業港
そして今や観光・レジャーの拠点ともなった我が港町は全国に誇るべきところです。
この地を更に住みよくするのが、これからの私の半生になることでしょう。
〔港町の恩人達〕
1.理容業の店主Sさん
初めてお会いしたのはもう20年も前。お会いした当時は「借金苦」でしたが、
北海道生まれのド根性で踏み越えみごと復活。今では後継者の娘さんもお店を
持ちお客様にいっときのくつろぎを与えつつ、「これぞ、プロ!」という円熟した腕に
衰えはありません。話題も広く、サービス業のお客様への接し方を教えてくれた
恩人です。
2.日本料理店の店主Sさん
「隠れた名店」の類といえるでしょう。常に「味」へのこだわりを忘れず、どう
この食材を活かそうかの追求に余念がありません。地元の振興への志も高く、
類は友を呼ぶで様々な業界で活躍する皆さんの拠点にもなっているお店です。
その地を離れる際には仲間の皆さんがわざわざ私のために集まってくれました。
「まちづくり」について一般市民がどう関わればよいかを教えてくれた恩人です。
3.水産物販売のK社長
これぞ!どん底から這い上がるバイタリティを見せてくれた恩人です。
膨大な負債(保証債務を含む)を踏み越え、今は「Vの字復活」。従業員の教育も
抜群、「いい物を出来るだけ安く」がモットー。
借金
バイタリティで勝利した稀有の人物です。〔趣味の鉄道写真の恩人〕何十人もいるので特に懇意な方々を紹介します。
1.「白玉教」の教祖T御大
本業はITを駆使した薬店(漢方取扱)・化粧品店の店主。某メーカーの超望遠
レンズを駆使した「ドカン!」写真の第一人者的存在。レンズが白いので「白玉教
(狂)」と呼ばれる。鉄道専門誌のSLの表紙写真、撮影ガイド多数あり。
母がなくなった直後、鉄道専門誌への投稿→掲載のきっかけをつくってくれた恩人
でもあります。北海道在住。
2.異色の中学教師T先生:「鉄道とは、金を失う道と書く。」
吹奏楽の指導者としても一流。本名で検索するとたくさん出て来ます。最近は、
デジタル化推進中。2百万円かけてのシステムチェンジを勧めてくれますが、
とても今の懐具合では無理。写真集出版、T御大同様に専門誌の表紙を飾ること
複数。撮影マナー重視の撮影ガイドも「職業柄」? 首都圏在住。
3.某第三セクター勤務のT氏
1988年5月、函館本線銀山駅付近の「稲穂峠」で出会って以来の仲間。
運転士・運行指令を経て現在、本社勤務。ひとり何役もこなす達人。
貨車・廃線跡にも詳しく共著もあります。地方鉄道の再生、鉄道利用の地域活性化
の問題にも意識が非常に高く、熱く「鉄道」を語れる恩人です。 東北地方在住。
4.秘密結社福島蒸気機関研究所関連の皆さん
繊維・電気・機械の職人軍団;T氏、W氏、K氏いずれもプロ級の腕前です。
専門誌のフォトコン入賞歴有。自家製の撮影機材の製作もおてのもの。
銀行マンにして腕前確かのO氏、Y氏、JR関係者のO氏などことある毎に心の
支えになってくれる恩人の方々です。
5.DPショップ店主にしてアクセス数百数十万の巨大掲示板の管理人M氏
T御大のラインでお知り合いになりました。ハンドルネーム『福臨鉄』発祥の地。
リストラ退職後の独立開業のビジネスプラン策定も懐かしい思い出。
当然、業界情報(写真・鉄道写真)にも精通。事業主としては常に新しいサービスの
研究・提供に奥様共々熱心です。 首都圏在住。
〔くつろぎの場の恩人〕
東北地方某都市のお寿司屋Mさん
代々続く街中の小さなお寿司屋さん。ご主人のご不幸後も持ち前のバイタリティで
不況下をみごと乗り切り中。政・財・官界の事情にも精通しているのが、客層の広さ
の証左でもあります。母親代わりの存在でもある心優しき恩人です。私の療養後の
就業についてもとても心配してくれています。
息子さんは、調理師の免許を取り、お寿司を握りながら受験勉強。見事「青春の門」
大学卒。卒業式の模様は某有名人について書かれた本に写真入りで載っています。
〔帰郷後の恩人〕
小学1年から同じクラスだった親友のK氏
ある国家試験受験の夢破れ、猫研でも満足な学習・業務上のお手伝いが満足に
できないまま「失意の帰郷」となった私の心の支えとなってくれている恩人です。
彼自身、借金と
中。
も失いましたが、家族のためめげずに踏ん張っています。お礼は猫研で学んだ知恵でお返し。観光の面から熱く、まちづくりを語れる仲間
でもあります。
地元事情に精通しているだけに私の就業についていつも心配してくれています。
ふたりには、大きな夢があります。名付け『●影プロジェクト』。
師匠の猫様のような全国的な大規模な活動はとても力量不足でできませんが、
地域限定で同級生それぞれが育ったこの地をより良くしていこうというものです。
始動は2年後になるか、3年後になるかお互い立ちはだかる問題を解決できそうな
50歳になるまでは。と話し合っています。
以上、これまでの私の人生において恩人と呼べる方々を紹介して来ました。
皆さんのほかには、力になってくれ、心の支えになってくれる猫研関係者や会員の
方々がたくさんいらっしゃいます。「郷里の発展に貢献し、求められる人材になろう」
という自己実現のためにも歩みは遅いものの夢と希望を捨てずに暮らして行きたいと
思います。

by 福臨鉄
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