
政治家でも、有識者でも、身近な人でも。
私もよく人と話していて、その人の話がコロコロ変わっていくのを目の当たりにすることがよくあります。
そういうとき、私が怒ったり突っ込んだりするかというと・・・、あまりそういうことはしません。
その人の言葉の単語だけを額面どおりに受け取めず、前後の文脈や、背後にある言葉に出ないものからできるだけ想像力を働かせて、「真意」を読み取るよう、自分なりに努力しているからです。(但しまれに真意そのものがふらふら変わる人や、その真意が悪意に満ちているような人もいて、そういう人にはがんがん突っ込んで怒ることもありますが、まあ少ないですね・・・)
私は自分のホームページのプロフィール欄に、座右の銘というか、日頃自分に言い聞かせている言葉をして、「寛容と想像力」ということを書いています。そのまま引用します。
≪ 人に歴史ありです。どんなに憎たらしい相手でも、よく知り合えば打ち解けあえるかもしれません。そしてそのときには、自分の世界もより広がっているでしょう。 つまり、他人を思いやるための「寛容と想像力」であると同時に、自分を成長させるための「寛容と想像力」なのです。≫
三浦綾子の『氷点』」という長編小説に、「想像力のない者には、愛がない」という言葉があります。
私は17歳か18歳のときにこの本を読んで、ガツンとやられてしまいました。
以来、なるべく想像力を働かせるよう自分にいいきかせています。
この仕事をしていると、いろいろ問題のある人と触れ合うことが多い。
莫大な負債を背負って精神的に極度に不安定になっている人、自暴自棄になっている人、疑心暗鬼になっている人、情報を消化理解しきれずに情報難民になっている人、悪循環のドツボにはまって自分の能力の1割も出し切れていない人など・・・。彼らと会話をすると、かなり我慢を強いられることも少なくありません。堰をきったように何時間も喋り続ける人や、話すことが二転三転したり、話を小出しにして何だか要領を得ない人なんて日常茶飯事です。でもその程度では怒りません。でないと、この仕事は務まりませんから。
そういえばある日、相談者の方からこんな話が出ました。
「ねえねえ猫さん、聞いてくださいよ。もうね、ひどいんですよ。ある弁護士に受任してもらったんですが、3-4回相談して、毎回言うことがコロコロ変わるんですよ。最初は任意整理がいいんじゃないかってとりあえず受任してくれたんですけど、2回目のときは債権回収会社の分は受任しないから自力交渉してみて下さいって言われて、3回目には事業を譲渡して会社を清算したほうがいいですねって言うんですよ。もう何が何だかわからなくて。すっかり信用できなくなってしまって。猫さん、何かいい解決方法はないですか?」 と。
私はこう答えました。
「その弁護士さんはいい弁護士さんです。いいですか、よく聴いてください。そもそも、弁護士の役割は、依頼者を弁護することです。弁護する士だから、弁護士っていうんです。
で、弁護士さんの発言が毎回変わる理由としては、1回目の相談のときは資料不足だった。全体像はだいたい掴めたけど、詳細なあなたの会社の事業価値や資産価値や抵当権内訳や保証債務の有無などは完全に掴みきれていなかった。だから、とりあえず任意整理の方向で受任しましょうという話になったんだと思います。で、2回目にはその詳細がわかりかけてきた。そこで債権回収会社(サービサー)に債権譲渡された債務があることがわかった。サービサーだけは法律の土俵で戦うよりも自力でシンプルに値切り交渉したほうが効果的なことが多いですから、それを勧めてくれたわけです。なかなか良心的な弁護士さんではありませんか! そしてさらに、3回目の相談時には詳細資料がさらに揃って、複雑な権利義務関係を精査(ディーデリジェンス)したところ、これは個々に対処するよりも、もっと大掛かりな外科手術的な方法がいいぞ、という結論になり、旧会社は清算、第二会社へ事業を譲渡して、会社よりも事業を守ることに絞りましょうという結論になっていったのだと思います。私もあなたの資料を一読してそう思いました。その方法があなたにとって一番だと・・・。 この弁護士さんは事業再生にも相当長けた、いい弁護士さんだと思いますよ。あなたの利益を守るという本来の役割にも忠実だし。少しもブレていないと思います。決して、言葉の上っ面にだけとらわれて、あの弁護士はコロコロ変わるなどと評してはいけませんよ。もう私のところには来なくていいから、その弁護士さんを信頼しきっていいんじゃないでしょうか?」 と。
そんな、まるで通訳みたいなことをしなければならない場面も、よくあります。
まあ、この仕事は面白いです。
猫